太陽光発電と蓄電池を設置し、オフグリッドでエネルギーの自給自足を目指す家--鈴木工務店の季刊誌『かきのたね』vol.53より

太陽光発電と蓄電池を設置し、自然エネルギーを電力に。畑作や養鶏を家族で楽しみながら自給自足を目指す家をご紹介します。

天井・床ともに自然乾燥した杉材を採用。LDKは南窓から降り注ぐ陽光と床下暖房で冬でも暖か。食器棚の裏手から一段下りるとキッチンが続く。

旗竿の段差地、それでも理想の土地だったわけ

40代のMさんは大学教員として働く傍ら、私生活では「自然農※」を実践するひとです。2019年に勤務先の変更に伴い、新しい職場に近い小田急線沿線で土地を探し始め、縁あって現在の場所に辿り着きました。ご夫婦とも出身は埼玉県で結婚後も今のように畑作をしていましたが、自宅から遠いため土地探しの第一条件は「家のそばで畑ができること」でした。そのため旗竿地、しかも二段構成という一般的に敬遠されがちな土地でありながら即決。当時古家が建っていた下段を畑に、更地だった上段を自宅にするつもりで建築家を探し、「なるべく自然に」という自分たちの希望に理解を示してくれた鈴木工務店に依頼を決めました。

※農薬や肥料を使わず、自然を模した環境の中で野菜が持つ生命力を生かして栽培する農のあり方

下の畑部分は元々家が建っていたため土が硬化。剪定した枝を堆肥化した木材チップのようなもので土壌を整えるところからスタートした。総板張りの外観はご主人自ら仕上げ材を塗布。

自然のエネルギーを利用し、できるところはDIYで

打ち合わせでは第一に自然乾燥した木材を使用してもらうようリクエスト。接着剤を使った集成材なども省くことにしました。それにより2階の杉無垢材の床がそのまま天井になっています。
1階は玄関からの板土間が続くキッチン、畑を見下ろす南面にLDKを配し、北面には畳スペースを設けました。玄関を挟んで北側にはご主人の書斎スペースも備えます。2階は家事動線にこだわり、洗濯や入浴がスムーズになるようWICを中心に水まわりや物干しスペースを配しました。広めの寝室は将来的に3人のお子さんの部屋として使えるよう電気配線や引戸が計画されています。

2階寝室はWICを中心とした回遊動線。将来的には子ども部屋として空間を仕切れるよう電気の配線計画をしている。

幼稚園児の長男、次男用の長机。窓から庭のニワトリに餌をあげることもできる。

鈴木工務店との打ち合わせを振り返って「自分たちの要求が煩かったのでは」と苦笑しつつも、最後まで親身になってくれたことが嬉しかったとMさん。太陽光発電パネルをDIYで設置する際、全国の有志とイベント化したことも思い出に残っていると言います。
「お陰でエアコン以外の電力は賄える状態で生活してきました。太陽光発電で10月の電気料金は千円程度。エアコンも今は子どもが小さいので夏の暑い日と冬の夜間のみ使うこともありますが、いずれ外の木が育てば日除けも期待できますし、薪ストーブの導入も考えています」

お仕着せではなく 自分たちで作り上げる住まい

M邸は建てたあとが家づくりの本番です。硬くなっていた下段(畑)の土を整えるため、町田市の工場から10トンの堆肥を軽トラで運び入れ、自然の力で徐々に土が柔らかくなるのを待ちます。年々シャベルで掘ったときの硬さが変わってきていると実感するそうです。竣工してから毎週のように種や苗を植え続け、リンゴ、ブドウ、アスパラガス、ニンニク、小麦、大豆など、この3年間で50種ほどになりました。奥様は畑で獲れた野菜や果物を使って日々の料理を楽しんでいます。
「調理中に出た生ゴミは庭で飼うニワトリに食べてもらったり土に還したり(コンポスト)するのでゴミも減りました」

3人のお子さんは家では畳スペースでゴロゴロしたり長机の下に隠れて遊んだり、窓ガラスに描けるクレヨンで絵を描いたりして過ごしているとのこと。
「畑やウッドデッキ、ブランコなどもあるので、休日も家が遊び場になっていいですね」
畑にある木製小屋はお子さんのリクエストでご主人が作った秘密基地。扉がテーブル代わりになるので、そこで蝋燭を灯して夜ご飯を食べることもあるそうです。次はツリーハウスを作ってみたいと夢も膨らみます。
「自立できるスキルを身につけたい。だからここは実験住宅みたいな感じ」
と語るMさん。オフグリッドを最終目標に、家族との時間を大事にしながらていねいに手作りの暮らしを営んでいます。

text/Rie Shimizu
photo/Chika Suzuki
発刊/2023年12月

竣工当初の写真はこちらのWorksの「自然にくらす」でご覧になれます。